スナック眞緒物語





カランコロン。
「あら、いらっしゃい。」
お店のドアのべルが鳴り、スナック眞緒の店内に眞緒ママの甲高い声が響く。

眞緒ママの声につられてバイトのまなもが振り向くと、ドアの前には誰の姿もなく、掃除のために開けた窓から入ってきた春の風にベルが揺られただけだった。
「……って誰もいないじゃないですか!やめてくださいよ、怖いなぁ、もう」
一瞬固まった後、すぐにツッコミをいれて、笑い合う2人は月日がどれだけ経ってもなにも変わらないように見える。
「仕方ないじゃない!ベルの音には反応しちゃうのよ。それにまなもだって振り向いていたんだから同じよ!」
眞緒ママが自信満々に言うと、バイトのまなももしぶしぶといった様子でうなずいた。
「もう誰も来ないってわかっているはずなのに、マスターが出勤してきたのかも、とか若ちゃんが帰ってきたのかも、とかちょっと期待しちゃいます」
外にあるスナック眞緒の看板の電気は消え、扉にはcloseの札がかけられていた。
2月の中旬にこのスナック眞緒が閉店することを発表してから、慌ただしい日を過ごしていた。この店内だけ時空が歪んでしまったかのように、時間はあっという間に過ぎ、閉店の日を迎えた。
今日2人が出勤しているのも開店のための準備ではなく、閉店のための片付けの作業だった。
「それにしても、この店にはいろんなものがあるわね!」
「そうにゃんのぬいぐるみでしょ、そうにゃんの絵本でしょ、それに相鉄線の写真と……ってほとんど相鉄線関連のグッズじゃないですか!」
「相鉄線はいいわよ」
眞緒ママはのんびりと笑う。どうしたってしんみりとしない2人に痺れを切らしたかのように店の電話が鳴った。
「あ、私出ます。こんにちは、こちらスナック眞緒、バイトのまなもがお受けいたします。あっ、久美さん!眞緒ママですか?かわりますね!」
眞緒ママに受話器を渡し、バイトのまなもは作業を続ける。スナック眞緒のマッチはみんなが惜しんで持って帰ったため残りは少なくなっている。店内に置いてあるCDは『走り出す瞬間』の他に、12枚も増えた。店内は完全禁煙だけどあった方がスナックっぽいと言って買った灰皿は枝豆のカラ入れになっていたし、看板メニューのはずの“カクテル・アメリカンドリーム”は一度もたのまれなかった。
「はーい!じゃあ久美ちゃんまたね!」
眞緒ママが明るく言って受話器を置く。
「久美さんはなんて?」
「普通に別れの挨拶よ!あと新3期生の3人の話をちょっとね」
「うわぁ、みくにちゃんとまりぃちゃんとはるよちゃん!みんな可愛いし、会いたかったなぁ」
バイトのまなもはそう言って微笑んだ。
「久美ちゃんによると、3人ともすっごく良い子で、これからが楽しみらしいわよ!」
「2年目の日向坂46も楽しみですね」
「張り切って応援しなくちゃ!」
眞緒ママは少し寂しそうに店内に飾られたコルクボードを見る。そこにはスナック眞緒で過ごした日向坂46のメンバーたちの楽しそうな顔が貼られている。
「さて、そろそろ片付けも終わりそうなんですけど、ちょっとだけ飲み物が余っちゃってるんですよね」
バイトのまなもがすこしにやっとしながら言う。
「あら、それはもったいないわ!じゃあ久しぶりに、ママお手製カクテルお願い!」
「はーい!って、ママお手製なのに私が作っていいんですか?」
その懐かしいやりとりに、2人は顔を見合わせて吹き出した。
慣れた手つきでバイトのまなもが“ママお手製カクテル”を作る。何回も繰り返し作ってきたこのカクテルを眞緒ママが作ることはなかったなぁとまなもは思った。
出来上がった2人分のカクテルのグラスを軽く合わせる。
「スナック眞緒に」
「かんぱーい!」




眞緒ママ、またね。









**************************

お読みいただきありがとうございました。
ちゃんと物語も終わらせたくて、眞緒ちゃんに内緒で勝手に書いちゃった!



スナック眞緒#最終話